ユッケ伝説
記憶というのは良くできたもので
心への刺激が強すぎるものは
時間の経過と共に薄れてゆきますね。

転落事故後の私の記憶も
やはり時間と共に薄れてきています。
思い出そうとしても、思い出せません。

事故後の私の最初の記憶は、転落後数日経ったあたり。
救急病棟の個室ベッド
旦那様にいちごを食べさせてもらっています。


ただ、救急病棟にいた頃の記憶はすごく途切れ途切れで
お世話になった看護師さん達の顔も思い出せません…ごめんちゃ。

さて、こんなふうに思い出せないって言う事は
思い出す必要が無いって言う事で、
さらに言うなら、思い出すとショックが強いのでしょう。

でも、私、好奇心旺盛なんです。
知りたいんです。
私がどういう状況だったのか。

ずっと我慢してたんです。
旦那様や家族に事故後の様子を聞くのを。
だって、思い出したくない事かも知れないので…
改まって聞くのも照れるので、他の話題のついでに
『そういえば…』的に調査しております。

私がずぅっと、疑問に思っていたのは
何故いちごを食べていたのかと言う事。
だって、まだ死にかけだったのに、何で…
不思議です。

各方面からの事情聴取の結果、あのいちご
『何か口にしないと駄目。何が食べたい?』と聞かれた私が
オーダーしたものだと言う事が判明

「ソレを聞いた旦那様は、一目散に買いに行ってたよ。」
とは、妹証言。
ふ〜ん…そっか。
あれは、私が食べたいって言ったものだったのか…

さらに、ココでひとつの疑問が生まれます。
何故私はいちごを食べたがったのかと言う事。
そりゃ勿論、嫌いではありませんが
〔好きな食べ物〕の欄にいちごと書く程は好きではありません。
いちご=普通なんです。

「私も不思議に思ってた。」と、妹は言います。
そして彼女の推理によると
あれは、最期かも知れないと悟った私の
可愛さアピールだったのであろう、と。

あぁ、なるほどね。
『最期にいちご食べたがってさぁ…』なぁんて
語り草になっていたかも知れませんもんね。
私の中のシタタカナ女回路
ギュンギュン働いて、出てきた答えたっだのね。

すごいなぁ、私ったら。
死に際でも
可愛さアピールを忘れないだなんて。
自分で自分を褒めてあげたいってやつです。

本当に良かった。
だってシタタカナ女回路が働いていなかったら私、きっと
「ユッケ食べたい。」って言ってた。
死に際にユッケって…ねぇ。
まぁでも、ソレはそれで伝説として残ったでしょうね。


『最期にユッケ食べたがってさ…』
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2006.08.11 / 車椅子日記 /
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